【セカツクスポンサーインタビュー 第10弾】プロダクションも潰れる時代、それでも「生の舞台」を届け続ける。劇団テアトル・エコーの挑戦

こんにちは!採用担当の保科です。
セカツクは芸能関係者を支援する取り組みの一環として、演劇団体のスポンサー事業を行っています。
「人を楽しませ、感動させる」
そんな表現者である役者さんや劇団関係者の皆様を応援したいという思いと、「変わりたい人が、変わり続けられる会社で在る」という当社のビジョンとのシナジーから始まった取り組みです。
俳優・声優・芸人など、多くの夢追い人が自分の可能性を信じて舞台に立つ姿に、私たちは深く共感しています!
今回は、実際に演劇業界の現場で活躍している皆様が何を考え、どのような思いでセカツクと関わってくださっているのかインタビューを行いました。
第十弾は、1950年代に創立し、今年でなんと創立75周年を迎える「劇団テアトル・エコー」さんです。
日本の喜劇界を長きにわたり牽引し、熊倉一雄さん、納谷悟朗さんをはじめ、数多くの著名な俳優・声優を輩出。
俳優として約30年間在籍し、現在は劇団の制作業務も担う藤原さんと近藤さんに、熱く語っていただきました。
是非、最後までご覧ください♪
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セカツクのスポンサー事業詳細
芸能関係者支援についての代表インタビュー
―本日はよろしくお願いいたします!早速ですが、お二人の自己紹介からお願いできますでしょうか。
藤原さん:
藤原と申します。元々はというか、今もそうなんですが、劇団の演技部に所属しています。 入団したのは…いつだったかな、もう忘れちゃいましたね(笑)。たしか30年くらい前です。
俳優としても活動していますが、最近は制作業務も担当しています。というのも、制作をする人がいなくなってしまって。2023年から、近藤さんと二人で劇団の制作、主に公演の企画などを担うようになりました。
近藤さん:
私も同じく、劇団の演技部に所属している俳優の近藤です。入団してからは、同じく30年以上になりますね。藤原さんと同じく、2023年から制作業務を担当するようになりました。
―まずは劇団のコンセプトについて教えていただけますか?
藤原さん:
劇団の前身である「やまびこ会」から数えると、今年でちょうど創立75年になります。「エコー」という名前も「やまびこ」から来ているんですよ。僕自身は約30年前に入団しました。
一言でいえば「喜劇専門」の劇団です。創立された1950年代、喜劇は演劇界で地位が低く見られていました。
当時は、真面目な新劇や伝統的な歌舞伎が「高級な演劇」とされ、「ただ笑わせるだけ」と見られがちな喜劇は、レベルが低いと判断されていたんです。
でも、創立メンバーたちは「喜劇こそが面白いし、本当の意味での芝居なんだ」という強い思いを持っていました。その情熱から、当時としては非常に珍しい「喜劇専門」の劇団を立ち上げたのです。
これは、75年経った今も私たちの誇りであり、揺るぎないアイデンティティです。
―お二人が演劇の世界に足を踏み入れた、それぞれのきっかけを教えてください。
近藤さん:
私の場合は、物心ついた頃からですね。ものすごく子供の頃、テレビの幼児番組を見ながら「なんで私、ここにいないの?」って母に聞いたのが、記憶にある最初の憧れかもしれません(笑)。
その気持ちは途切れることなく、小学校5年生の時には、親に内緒で劇団若草に応募したこともありました。結果的に、面接の通知ハガキが届いてバレてしまい、「一人で通えないでしょ」と親に説得されて断念したのですが…。
中高生の頃にも、歌手の後ろで踊るバックダンサーのチームに応募したりと、とにかく表現の世界への想いが強かったですね。
最終的に、他の劇団の養成所にいたのですが、そこではあまり魅力を感じられなくて。そんな時、先にテアトル・エコーの養成所に移っていた同級生から「テアトル・エコーは面白いよ!」と誘われたんです。それが直接のきっかけで、入団を決めました。

養成所公演時の近藤さん
藤原さん:
僕はまったく逆ですね(笑)。演劇への入口は小学生の時の学芸会で、お芝居がウケたことですが、入団の経緯はかなりいい加減で…。
当時はバブル時代の終わり頃で、「大学を卒業しても、すぐに就職しなくても2〜3年ブラブラできる」という、今では考えられないような空気があったんです。
それで「じゃあ、お試しで演劇でもやってみるか」という軽い気持ちで養成所に入りました。でも、入ってすぐにバブルが弾けて、就職しようにもどうにもならなくなってしまって。
退路を断たれた結果、しょうがなく劇団に残った、というのが正直なところです(笑)。

入団後の旅公演時の藤原さん
―お二人とも約30年も活動を続けられています。その原動力は何でしょうか?
近藤さん:
シンプルですが、やっぱり「好きだから」ですね。若い頃、ニューヨークに1ヶ月遊びに行ったことがあるんですが、それも「行きたい!」と思ったら親に事後報告で行動に移しちゃうような性格なんです(笑)。
一時期、活動の合間に派遣で9時5時の総務の仕事をしたことがあるんですが、気持ちがまったく続かなくて…。
毎日カレンダーに「あと何日…」ってバツを付けて、契約期間が終わるのを指折り数えていました。
でも、劇団の仕事なら、どんなに大変で、たとえ1ヶ月休みがなくても不思議と平気なんです。それくらい、私にとっては情熱を注げる場所なんですね。
藤原さん:
僕は、入団してすぐに運良く旅公演に立て続けに出演できた経験が大きいです。最初の役は、都合で行けなくなった先輩の代役で、いきなり指名されたんです。
その公演が好評で、その後も合わせて4年間くらい、全国を巡る旅公演中心の生活でした。バイトをしなくても演劇だけで生活できる「幸せな時期」を経験できたのは幸運でしたね。
その稽古と本番の繰り返しの中で、お芝居の面白さに完全にはまっていきました。本気で「芝居とはなんぞや」と考え始めたのは、入団して10年くらい経ってからですけどね(笑)。
―日々の演劇活動の中で、どのような『挑戦』や『苦労』がありましたか?
藤原さん:
役者としての挑戦ですが、自分で企画した二人芝居で、あえてピアノを弾く役柄に挑んだことです。僕はまったくピアノが弾けなかったので、半年間、毎日劇団にあるピアノで猛練習しました。
完璧とは言えませんでしたが、なんとか鍵盤を見ないで弾けるくらいにはなって。できないことに挑戦し、努力して乗り越えた経験は、大きな自信に繋がりました。でも、公演が終わったらまったく弾かなくなりましたけどね(笑)。
近藤さん:
私たちは2年ほど前に、前任者が退職したことで、劇団の「制作業務」をゼロから引き継ぐことになりました。
すでに翌年の演目も決まっている中で、印刷物の発注からスタッフさんのキャスティング、チケットの精算まで、何もかも手探りの状態からのスタート。
誰かがやらなければ公演ができないというプレッシャーの中で、必死で立ち上げた時期は本当に苦労しました。
―制作という立場で多くの人と関わる今、マネジメントで気をつけていることはありますか?
近藤さん:
チームで動く上で当たり前のことかもしれませんが、とにかく「報連相(報告・連絡・相談)」を徹底することです。
たった一つ報告を忘れただけで、後で取り返しのつかないことにもなりかねないので…どんな些細なことでも、そこだけは常に忘れないように心がけています。
藤原さん:
俳優だけやっていた頃は、どうしても好き嫌いやフィーリングで人を判断しがちでした。でも制作側になってからは、感情的にならないように気をつけています。
カチンとくることがあっても、一度冷静に受け止めて「相手はどういう立場で、どう考えているんだろう?」と想像してみる。
そうすると、意外と無理だと思っていた話がいい方向に進んだりするんです。まあ、アンガーマネジメントですね(笑)。

稽古をしている団員のみなさん
―弊社のスポンサー支援が、役者や劇団の皆様にどのような影響を与えていると感じますか?
近藤さん:
私たちのようにとにかく人件費がかかる団体にとって、金銭的な援助をいただけることは、本当に多大な影響があります。とても助かっています。
藤原さん:
金銭的な支援はもちろんですが、「働き方の選択肢」を提供してくれているのが大きいです。実はうちの劇団員もセカツクさんでオペレーターとして働いていて、演劇活動と両立できる環境は本当にありがたいです。
―当社の支援制度は、役者の皆様にどのような前向きな影響を与えているとお感じになりますか?
藤原さん:
どんなに夢を追っていても、生きていくにはお金が必要です。急な稽古やオーディションが入る役者にとって、シフトに柔軟に対応してもらえて、なおかつ活動に理解のある会社で働けるというのは、夢を諦めずに済む大きな支えになると思います。
僕も若い頃は、急な稽古でシフトの融通が利かない飲食のバイトをしていて、「もっと自由に働けるところがあればいいのに」と常に思っていましたから。
―今後、劇団や個人として実現したい新たな挑戦や夢はありますか?
近藤さん:
今の時代、大きな芸能プロダクションでさえ閉鎖してしまうほど厳しい状況です。劇場を維持するための土地代も高騰し、多くの老舗劇団が都心の劇場を手放して郊外へ移転を余儀なくされています。都心に自前の劇場を持っているのは、もう本当に数えるほどしかありません。
さらにサブスクの普及で、観客のエンタメの楽しみ方も多様化しています。その中で、劇団の今の状態を「維持」していくこと自体が、私たちにとっての大きな挑戦だと思っています。
これは決して後ろ向きな意味ではなく、この時代に劇団を、劇場を存続させ、生の舞台を提供し続けることは、本当に価値のある挑戦だと考えています。
藤原さん:
コロナ禍で一時は配信が主流になるかと思われましたが、蓋を開けてみれば、配信専門の業者が廃業するなど、思ったほど伸びなかった。結局、人は「生の舞台」の熱量を求めているんだと再認識しました。
原点に立ち返って、やはり生で観るお芝居の面白さ、そのかけがえのない価値を、これからも変わらず提供し続けていきたいですね。それが今の目標です。
―最後に、同じ夢を追いかける読者の皆様へメッセージをお願いします。
近藤さん:
シンプルですが、「信念を持って、突き進んでください!」と伝えたいです。
藤原さん:
僕らは長く活動してきた分、現実もたくさん見てきました。でも若い人たちには、あまり現実を見すぎて「19歳までにブレイクしなかったら才能がない」なんて、早々に結論を出さないでほしいですね。養成所の生徒でもそういう子が増えています。
すぐに諦めないでほしい。 もちろん、長くやりすぎて引き返せなくなるのも考えものですが…(笑)。一度や二度の失敗で、自分の可能性を閉ざさないでほしいと思います。
厳しい現実を冷静に見据えながらも、「生の舞台」の面白さを信じ、劇団を「維持」し続けることへの強い意志。
夢を追い続けるすべての人々への力強いエールのように感じられました。
貴重なお話をありがとうございました!
劇団テアトル・エコー 公演情報
■ケイコバdeエコー vol.3「ミナト街電化物語」
1951年の神戸の電気屋が舞台。まだテレビ放送もない時代に、自作のテレビを作ってしまった店主を巡るドタバタ喜劇!
日程: 2025年7月31日(木)〜8月3日(日)
場所: テアトル・エコー 5F ケイコバ
チケット発売: 7月7日(日)より

ケイコバdeエコー vol.3「ミナト街電化物語」
■テアトル・エコー公演163「11ぴきのネコ」
劇団の歴史を語る上で欠かせない、実に52年ぶりの再演となる記念碑的作品です!
日程:2025年11月29日(土)~12月7日(日)
場所: 恵比寿・エコー劇場
チケット発売: 10月予定

テアトル・エコー公演163「11ぴきのネコ」
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